水と衛生の影響とは?

湧き水を汲む子供たち
マラウイの簡易なトイレ

不衛生な生活環境による下痢の罹患

水と衛生へのアクセス向上が国際的に重要な課題になっている背景として,水と衛生が人々の健康に与える影響がある。世界では5歳未満の子供が毎年540万人死亡しているが,新生児期の問題を除けば1位は肺炎(17.6%),2位は下痢(12.0%)である(図1)。下痢は不衛生な生活環境により引き起こされる疾病であり,世界の下痢の58%は水・衛生の不備に起因すると言われている(UNICEF & WHO, 2017)。

世界の疾病負荷から見ても,下痢は主要な要因である。疾病負荷というのは,健康損失の負荷量を表す概念であり,障害調整生命年(DALY: Disability Adjusted Life Year)などの指標によって表される。DALYでは,早死によって失われる時間のみならず,疾病や障害などにより失われる健康に過ごせたはずの時間も合わせて合計の時間を疾病負荷として計上する。そのため,世界の人々がどのような要因でどれくらい健康な時間を失っているかを知ることができる。

図1: 世界の5歳以下の子供の死亡要因。UNICEF (2019)より作成。

DALYで表される疾病負荷の要因別割合は以下の通りである(WHO, 2018)。

  • 低所得国 :肺炎などの下気道感染症(9.2%),下痢(6.9%)
  • 低中所得国 :下気道感染症(6.0%),早産(5.6%),虚血性心疾患(7.5%,狭心症や心筋梗塞など),下痢(4.2%)
  • 全世界(先進国含む) :虚血性心疾患(7.6%),脳梗塞(5.2%),下気道感染症(4.9%),早産(3.8%),交通事故(3.1%),下痢(3.1%)

低所得国では下痢は疾病負荷全体の6.9%を占め,肺炎などの下気道感染症(9.2%)に次ぐ2番目の疾病負荷要因である。下痢が世界人口の健康を損なう主要な要因の一つであることは,国連や世界銀行などの国際社会が水と衛生分野に投資を行い改善を進める上での大きな動機となっている。

水への不十分なアクセスによる機会損失

往復30分以内に改善された水源(improved water source:設計・建設上,安全な水を供給しうる水源)を利用できない人口は世界人口の11%であり、家まで水道が敷設されていない環境での水汲みは,多くの場合女性や子供の仕事である。サブサハラ・アフリカの24カ国の調査では,336万人の子供と1354万人の成人女性が30分より長い時間を要する水汲み労働の責任を負っている(UNICEF, 2016)。また,水を集めるのに費やされる1日あたりの時間は,同地域の女性の合計で1600万時間,子供の合計で400万時間に上ると推計されている(UNWOMEN日本事務所)。成人女性の労働,家事,子育て,あるいは余暇の時間が減るとともに,子供の教育の時間が奪われ,学校に行く妨げになることもある。

このように,水への十分なアクセスがないことは著しい機会損失を生んでいる。

サニテーションの不備による心的ストレス・危険

サニテーションの不備は,心的ストレスや安全への懸念にもつながる。

例えば,野外排泄をせざるを得ない環境では,羞恥心から日中の排泄を避けて夜間に排泄を行う女性が多い。暗闇での野外排泄は強姦などの性的暴行に遭う危険を伴う。インドの事例では,自宅にトイレがない女性はトイレがある女性と比べて,パートナー以外からの性的暴力に2倍遭遇しやすいと報告されている(Jadhav et al., 2016)。ナイジェリア・ラゴスのスラムの事例では,40%の女性が野外排泄を余儀なくされ,その4分の1が過去12ヶ月に,自身あるいは周囲の誰かが性的ハラスメントを経験した,性的暴行の恐怖を感じた,あるいは実際に性的暴行を受けたことが報告されている(WaterAid, 2012)。

水・衛生の不備は,不安,フラストレーション,当惑,自己否定,疎外感,自己効力感低下,あるいは性的暴力への恐怖などの精神的ストレスにつながる(Bisung & Elliott, 2016; Sahoo et al., 2015)。生理などのサニテーションに関わる衛生行動は,それが不適切な状況であると女性にとって大きな精神的ストレスとなる(Hulland et al., 2015)。

このように,水・衛生の不備は,下痢をはじめとした感染症による健康影響以外にも,単に不快であるだけでなく,教育機会の損失,性的暴力などの脅威,精神的ストレスなどさまざまな観点で悪影響を及ぼす。快適な排泄環境を確保できないことは人の尊厳に関わる問題であるとも言える。

Reference:

京都大学大学院 アジア・アフリカ地域研究研究科 (ASAFAS) / 京都大学アフリカ地域研究資料センター (CAAS)
水・衛生と環境の研究グループ(原田研究室)