水と衛生とは?

ウガンダ都市貧困地区の水くみ場
ケニア農村のトイレ

水とは?

日常生活において,人は一人1日あたり概ね1Lから2L程度の水を摂取する。これ以外に我々はどの程度の量の水を使うのだろうか。国土交通省・水資源の利用状況(国土交通省)によると,2015年度の一人1日あたり使用している水の量は283 Lである。この内訳は,風呂(40%),トイレ(21%),炊事(18%),洗濯(15%),および洗面・その他(8%)である。人の生活を維持するには最低一人1日あたり概ね50 L程度の水が必要だと言われている(Gleick, 1996)。日本人がこれをはるかに上回る量の水を利用する一方,世界にはぎりぎりの量で生活をしている人も多い。例えば,筆者らが調査したネパールのカトマンズでは,一人当たり40 L程度の水しか使えない(Pasakhala et al., 2013)。ここでは水道の蛇口を開けても4日に1回,わずか数時間程度しか水が出てこない。また,サブサハラ・アフリカの多くの国の農村では,遠方までの水汲みが重要な家事の一つである地域も多い。世界では7.7億人が基本的な飲料水を利用できない状況にあり,日本人が何気なく使っている「水」は,貴重な資源なのである。

し尿とは?

人は一人1日あたりどの程度排泄しているのだろうか。ばらつきは大きいが,尿は1.4 L程度,大便は130〜250 g程度と言われる(Rose et al., 2015)。人は一人で暮らしているわけではなく,集団で暮らしている。想像してみよう,1,000人が暮らす街を。毎日1,400 Lの尿と,130〜250 kgの大便が発生するのである。10万人の都市であればどうだろうか。し尿は多くの病原性微生物,たとえばコレラや赤痢などを媒介する。日本にいると想像しがたいが,これだけ日々大量に発生するし尿に対して基本的な始末をつけられないとされる人口は24億にのぼる。人のし尿は,人間が生活する限り避けられない廃棄物でもある。このもっとも根本的な廃棄物の始末をどのようにつけるのかは,未だ大きな問題なのである。

SDG6でいう衛生とは?

では,SDG6での「水と衛生」でいう衛生とは何だろう。SDG6では,全ての人が水(water)とサニテーション(sanitation)を手に入れること,そして持続的な管理を確保することが謳われている。サニテーションは「衛生」と訳されることが多い。「衛生」は,命(生)を衛(まも)ることを意味しており,広辞苑(第六版)によると「健康の保全・増進をはかり,疾病の予防・治療につとめること」とされる。 一方,英語のsanitationは「汚物や汚水を取り除き,処理することにより公衆の健康を保全すること」(ロングマン現代英英辞典第5版から筆者が翻訳)とされる。 その訳語は衛生あるいは衛生施設などと訳されることも多いが,その意味は単にトイレなどの施設を意味しているのではなく,汚物の除去,処理,そして処分し,それにより公衆の健康を保全することがサニテーションであり,そのための一連のシステムや仕組みがサニテーションである。端的に言えば,サニテーションは衛生の一部分であり,汚物に始末をつけることがサニテーションである。SDG6でいう汚物はし尿であり,現代においてはし尿に始末をつけることがトイレから始まることが多いため,サニテーションはトイレとされることがしばしばあるが,トイレはサニテーションの始まりに過ぎない。 サニテーションと混同されやすく,衛生とも訳される単語にhygiene(ハイジーン)がある。これは「病気を防ぐために自分と自分の周りを清潔に保つ実施・慣習」(同上)である。ハイジーンもやはり衛生の一部分であるが,汚物の除去や処理・処分を意味するサニテーションとはその意味が異なり,体やモノを清潔に保つ行動がハイジーンと言える。たとえば手洗い,歯磨き,入浴などはハイジーンである。ここでは,sanitationはサニテーションと,hygieneは衛生行動と訳す。

「水と衛生」(WASH)とは?

SDG6の英語の原文でのキャッチコピーは“Clean Water and Sanitation”である。実際には,SDG6の下には8個のターゲットが設定され,ターゲット6.1では飲料水を,ターゲット6.2ではサニテーションと衛生行動をそのターゲットとしている。ここでいう衛生行動とは,主として手洗い(Hand washing)つまり手指衛生(Hand hygiene)を意味する。水,サニテーションおよび衛生行動(合わせて水と衛生)はWater, Sanitation and Hygiene の頭文字からWASHと呼ばれ,一体的に取り組むことが重要とされている。

ところで,SDG6の略称の”Clean Water and Sanitation”はSDG6のロゴなどで使われているが,日本語版のロゴではこれを「安全な水とトイレを世界中に」としている。サニテーションの概念が日本語にしにくいためにやむを得ずトイレという語を用いているのであろうが,「トイレ」では「サニテーション」の意味する範囲の一部しか表すことができていないことは注意すべきであろう。

京都大学大学院 アジア・アフリカ地域研究研究科 (ASAFAS) / 京都大学アフリカ地域研究資料センター (CAAS)
水・衛生と環境の研究グループ(原田研究室)