Research outline
研究概要
都市を一つの生態系として見たとき,都市の生活によって生まれる廃棄物やし尿・下水を管理するための下水道や廃棄物処理といった広義のサニテーションは,静脈系システムである。私達の研究グループでは,世界で初めて,低・中所得国で広く使用されるし尿腐敗槽からのGHGの排出を定量実測し,し尿腐敗槽が相当量のメタンを排出していることを明らかにした。アジア・アフリカの都市を対象に,大規模集中型のインフラを補完する分散型システムに注目し,排水・廃棄物が与える環境影響を理解し,地球温暖化緩和,温室効果ガス排出抑制に貢献しつつ,健全な都市衛生環境を実現する都市衛生システムについて研究している。
都市の衛生サービスチェーン戦略と温室効果ガス排出推計
セプティックタンク(腐敗槽)は,温室効果ガス(GHG)の重要な発生源となる可能性がある。我々の研究では世界で初めて,低・中所得国で広く使用されるし尿腐敗槽からのGHGの排出を定量実測した。ハノイにある10基のし尿腐敗槽を対象に,フローティングチャンバー法を用いて現地調査した。腐敗槽の第1区画(全容量の65%)で測定したメタン(CH4)と二酸化炭素(CO2)の平均排出量は,それぞれ11.92 g/cap/dayと20.24 g/cap/dayであったが、一酸化二窒素(N2O)の排出量はごくわずかであった。し尿腐敗槽が相当量のメタンを排出していることを初めて実証する成果となった。
より詳細な解析からさらに以下も示唆された。腐敗槽からのGHGs排出量のIPCCの推計式はBOD除去率と正の相関を前提にしているのだが,数十年汚泥が汲み取られずにBOD除去性能がほぼ失われた腐敗槽からも相当量のメタンが発生しており,むしろ負の相関の傾向があった。つまり,汚泥を長期貯留するし尿腐敗槽にはIPCCの推計式が適用できない可能性が示唆された。世界に広がるし尿腐敗槽の排出量を精緻化する上で上記は重要な発見である。
直近の研究では,現状の腐敗槽は都市サニテーション・システム全体の中で相当量のGHGs発生源であり,都市部に広く普及する腐敗槽をそのままにしてそこに重ねて下水道を整備した場合,無視できないメタン発生源を残置してしまう可能性が示されている。
し尿汚泥の適正管理とデジタルイノベーション(DX)
アジア・アフリカ都市(これまでベトナム,ミャンマーおよびウガンダ)における腐敗槽とし尿汲取・処理の適正化に関する実証研究を実施している。ミャンマー・マンダレーでの私達の過去の研究では,約4分の3のし尿汲み取りはインフォーマル汲み取りにより行われ,その多くが不法投棄されていたが,予想に反して,人々はインフォーマル汲み取りに対してフォーマル汲み取りよりも高額な汲み取り料を支払っていた。人々は安いからインフォーマルな汲み取りサービスを選好するわけではなく,トイレが機能不全に陥った際の緊急の対応として,不法サービスにおける夜間も含めた迅速なくみ取りが求められていることがわかった。
ここから,無管理な腐敗槽とそれに伴う突発的な汲み取り需要の発生こそが,マンダレーのインフォーマルなし尿汲み取りと不法投棄の根本問題と考えた。我々の研究グループでは,近年劇的に価格が下がったIoTセンサーとスマホを活用したアプリにより,簡便な腐敗槽の登録とモニタリングにより,突発的な腐敗槽の機能不全を未然に防止し,不法汲み取り・投棄を防ぎ効果的な腐敗槽の運用を可能にする仕組みの構築を目指している。現在,ビル&メリンダ・ゲーツ財団(ビル・ゲイツ財団)の支援を受け,上記を実現するデバイスの開発をすすめるとともに,UNICEFなどの支援を受けながら,この仕組みを実践するための腐敗槽管理の新しいビジネスモデルの構築を進めている。
セプティックタンク(腐敗槽)管理の適正化
多くの途上国都市は下水道整備計画を有するものの,その整備には巨額の投資と技術力が求められる。一方で,こうした都市にも何からの衛生設備は存在するが,その管理状態が劣悪であることが多い。下水道整備以前であっても,これらを改善することで,都市衛生の改善に貢献できる可能性がある。我々の研究では低・中所得国の都市部において,都市衛生を下水道整備以前に,暫定的かつ早急に改善する方策として,既存の都市衛生施設の運用改善の可能性を研究する。
例えば,我々が研究対象地の一つとするベトナムのハノイでは都市部のし尿の90.5%は腐敗槽に流入し,その後は環境中に放流されている。しかし,腐敗槽の89.6%で槽内に滞留するし尿汚泥がこれまで汲取されたことがなく,現状の腐敗槽の処理性能は劣悪な状況にあることがわかった。一方,年1回のし尿汚泥の汲取をすれば,腐敗槽の処理機能は大幅に改善し,腐敗槽由来の汚濁負荷をCODで現状比72.8%削減できることが推計された。つまり,し尿汚泥の定期汲取による腐敗槽の機能改善は,暫定的で早急な都市衛生改善を一定程度実現できる可能性がある。下水道整備を中心とした都市排水研究においてこの成果はユニークであり,複数の政策文書での利用などに繋がった。
Related Research Project
関連する研究プロジェクト
- 科研費 基盤研究(A)(海外学術)「アジア都市における下排水系データベースと物質収支モデルの構築」2016-2019年度(分担)
- ビル&メリンダ・ゲイツ財団, Transforming Fecal Sludge Emptying Business Bill & Melinda Gates Foundation Innovation for WASH in Urban Settings (Grand Challenges Explorations Round 22) 2019-2020年(代表).
- 科研費 若手研究(B)「ベトナムにおけるマテリアルフローモデルと連携した水・物質循環モデルの構築」2013-2016年度(代表)